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分からないことだらけ!?蒙古襲来のなぞ

「分かること以上に、分からないことだらけになってしまいました。」

8/5に開催された、
「まちセミナー 松浦党かく戦えり 元の軍船発見とその後について」。

このセミナーで、一番私の心に残った言葉です。


講師は、松浦市教育委員会文化財課課長の中田が務めました。
中田課長

鷹島神崎遺跡
海上からの探査機のデータ解析をもとに、CGで起こした鷹島神崎遺跡の様子。


松浦市の鷹島神崎遺跡ではこれまで、海上からの探査機を活用しての調査やダイバーの潜水調査の結果、
海底から、印、てつはう、矢束などの蒙古軍の遺物が引き上げられていました。
しかしながら長い間、船の発見にはいたりませんでした。

それでも、複数の研究機関が調査を続けること30年。
ついに。
平成23年10月、蒙古軍の沈没船の構造部分(キール)が、鷹島の海底のさらに奥底から発見されました。
2011.12.07 元寇沈船発見!

730年前の沈没船が海の底で1mほど泥をかぶっていたために、フナクイムシに食べられたり流されたりすることなく、船体の下部約1/4が原型をとどめていたのです。
木造の船が、長いなが~い時を経た今でも形をとどめているのは奇跡的なことだな、と改めて思いました。

蒙古襲来では、元軍の高官が高麗と南宋の軍を率いて日本を攻めに来た、と言われています。
しかし、この沈没船も遺物も、今のところ発見されているのは南宋のものばかり。
見つかったものの中で、高麗のものは1つだけ。
高麗軍は本当に日本に来たのか?暴風雨の際に鷹島沖にいなかっただけか?
・・・謎。

日本の水中考古学では、このような木造船の保存はまだまだ手探り状態だそうです。
現在、沈没船を銅網と土嚢で覆って海底で保存しているそうですが、果たしてこの保存方法がどのくらい保存力があるのか・・・不明。


「世紀の大発見!730年前の蒙古軍の沈没船が見つかりました!!」
と、言葉で書くのはとても簡単なことなんですけど・・・

「船が沈んでいるに違いない!」
と、30年もの間あきらめることなくずっと探索調査を続けてきたんですね。
そうして、ようやく1隻目の船が見つかりました。
前例のないことですから、手探りで地道に発掘作業や謎解明に取り組まれているのだと思います。
息のなが~い研究です。

きっと、2隻目3隻目が見つかっても、解ける謎だけでなく、より深まる謎もあるのではないでしょうか。
「分かること以上に、分からないことだらけになってしまいました。」
その時も口にするかもしれません。


私が生きてる間には、すべての謎は解けそうにないな。



共創館
まちセミナーは、電気ビル共創館3階のBIZCOLIで開催されました。



青玉製雌雄鹿像
青玉製雌雄鹿像。皇帝が授ける帽子飾り。


鷹島神崎遺跡 兜
兜。砂とサビをとっていくと、鉄が残っておらず崩れる可能性があるそうです


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