松浦市福岡事務所スタッフ手帳

松浦ファンのみなさまにお伝えしたい!「松浦情報」がここにあります。
Posted by 松浦市福岡事務所

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by 松浦市福岡事務所   0 comments   0 trackback

炭鉱遺構がここにも。  “松浦らしさ”を探してぶらり旅  飛島 炭鉱遺構編

ぶらり旅「飛島 いりこ編」に続いて、今回は、
飛島 炭鉱遺構編です。

松浦市にも、昭和40年代まで炭鉱がありました。
飛島では、江戸時代後期から採炭が開始されていたそうで、昭和30年代には2,000人を超える人がこの小さな島で暮らしていたとのこと。
さぞかし賑わっていたことでしょう。
しかし、昭和44年の閉山とともに、たくさんの方が島から越していったそうです。



そして今。
炭鉱跡へとつづく道


「ひらくち(マムシ)」が出る危険が!ということで、噛まれないように長靴でうろうろ。
進むこと5分くらいでしょうか。

見えてきた炭鉱跡
遺構らしきものが見えてきました。

炭鉱跡1
ここから、石炭を積み出していたのでしょうか。

炭鉱跡2
穴を覗いてみました。
何か機械が通っていたのか、滑り台のようなものなのか、ワイヤーかパイプか…

飛島炭鉱遺構 全景

炭鉱跡3

福島のものとは形が違います。用途が違ったのか、単に形が違うものなのか。
(福島の炭鉱遺構はこちらから)

炭鉱跡6
今はばきばきに割れてしまった地面。
当時はこの上を抗夫が歩き、作業していたのでしょうか。


昔の飛島炭鉱
炭鉱があった当時の飛島の写真。

炭鉱跡5
ここかな、と想像しながら撮ってみました。


今、松浦で暮らしていても、炭鉱があったという実感はほとんど湧きません。
しかし、松浦の歴史を調べていくと、必ず出てくる「炭鉱」の記述や写真。
昭和30年代には人口も今の松浦市の倍以上、6万人を超えていました。
写真などを通して、当時の町の様子や人の生活が今とずいぶん違っていたことを知ってはいましたが、実感が持てないままでした。

「ここらへんは炭住(炭鉱住宅)が立っとったとよ」(今は草むら)
「炭鉱のあった頃は魚屋ばしよったと。でも、閉山でやめた。」
今回飛島で当時の様子についてお話を直接伺うことができ、炭鉱は働く人だけでなく、島の人の生活にも大きく影響していたことを知りました。
松浦が炭鉱で栄えていた、ということが、より現実味をおびてきます。

遺構を見ることに加えて当時のお話を伺うことで、よりまちのことを「知る」ことができる、ということを実感した今回の“松浦らしさ”を探してぶらり旅 でした。




次回は、ぶらり旅 飛島編 最終回、「え?飛島にドレス??」です。





スポンサーサイト
Posted by 松浦市福岡事務所   0 comments   0 trackback

選り分けられたものもおいしい!  “松浦らしさ”を探してぶらり旅 飛島 ちりめん編

知らない町をぶらりと歩いて、そこで暮らす人とふれあう旅。
世の中知らないことだらけ。思わぬ発見やわくわくがあり、ガイドブックを見ていても分からないことがたくさんあることに気付かされます。

3年半ぶりの「“松浦らしさ”を探してぶらり旅」。(以前の記事はこちら→ぶらり旅 )
今回は、松浦市の小さい島、飛島(とびしま)のお話です。

10月に開催された「まつうらとってあるき旅~飛島編~」。
「炭鉱遺構が残る」という言葉に惹かれ、イベントに参加することに。

藤田洋三さん
「まつうらとってあるき旅」の講師として2回目の登場、写真家 藤田洋三さん。
会の後半は、藤田さんによる写真の講評があるのですが、藤田さんの口からは、私達が知らないこと、想像できないことがたくさん飛び出してきます。
参加された皆さんは、撮って歩くことに加えて、毎回の講評も楽しみになさっています。



話を旅に戻します。
ニュー鷹島で飛島へ
参加者みんなで今福港からフェリー「ニュー鷹島」に乗ること20分。

周囲約6㎞、人口50人ほどの小さな島「飛島」に到着です。
飛島漁港の看板

飛島のオブジェ??
まるで波止場のオブジェ!?何か意図があるんでしょうか??



下條商店
島唯一の商店「下條商店」の前は猫だらけ。
どこの島に行っても、猫がたくさんいます。
えさの魚がたくさんあるからでしょうか?


飛島 急な坂道
細い急な坂道が延びています。
島で一番高い場所に続く坂道です。
坂道を上って下りて、うろうろしていると…

「こんにちは~」
飛島 出会った地元の女性
お!待っていました!!
ついに、地元の方とのふれあいが始まりました~!

「なんばしに来たとね?」「えぇと、写真を撮りに・・・」
道で会った女性と挨拶しお話するうちに、なんと!
ちりめんを作っている工場を案内してもらうことに。
(ここで言う「ちりめん」は、乾燥の有無に関わらず、かたくちイワシの子どものうち、10月頃に獲れる小さいもの。
12月は、「いりこ」漁に移行しています。「いりこ」とは、ちりめんが成長してサイズが大きくなったもの。)

実は伊万里湾に面する松浦は、ちりめん・いりこ漁がさかん。
飛島、今福、福島・・・松浦のあちこちで、漁が行われています。

飛島 いりこ工場1
質の良いいりこを作るためには、スピードが命。
漁で獲ったちりめんを船からホースで吸い上げ、いったん奥の水槽へ。
その後手前の水槽に移し、洗うそうです。

飛島 いりこ工場3
操作を誤らないように、手順がきちんと書いてあります。

飛島 いりこ工場4
洗ったちりめんは、こちらの道具で茹で上げます。

その後、乾燥機で乾燥させます。


選り分け作業
お隣の部屋では、乾燥させたちりめんと「ちりめん以外のもの」の選り分け作業をされていました。

飛島 いりこほぐす前
ほぐす前のちりめん。
これらを皆さんの手でほぐしながら、「ちりめん以外のもの」をよけていきます。


飛島 選り分けられたもの
よけられた「ちりめん以外のもの」。

飛島 選り分けられたえび
「ちりめん以外のもの」拡大図。小さなイカです。

なんと!いりこだけでなく、よけられたものもおいしく食べられるという贅沢さ。
スパゲッティに和えたり、ふりかけにしたり、お酒の肴にもよさそうな小さなイカです。

他にも、コアジやハダラ(ままかり)が入っていることもあるそうです。
ちりめんが大きくなったいりこ漁の時期になると、混ざるイカも同じように大きくなっているそうです。
お話を聞いていると、海の中が見えるような気がしました。


「持って行かんね!」ということで、袋ごとありがたく頂戴しました。
その日の夜、飛島から戻った私は、エビを食べながら潮の香りを思い出し、飛島やちりめん工場に思いを馳せました。





“松浦らしさ”を探してぶらり旅 飛島 炭鉱遺構編 に続く。



Posted by 松浦市福岡事務所   0 comments   0 trackback

「まつうら世間遺産博覧会in天神イムズ」 、ついに開催!!

まつうら世間遺産博覧会チラシオモテ

まつうら世間遺産博覧会チラシウラ


世間遺産(せけんいさん)を提唱する写真家、藤田洋三さんと松浦市が出会って、はや3年。
松浦の世間遺産、本邦初公開福博世間遺産ワークショップ」から、はや2年半。。。


ついに

まつうら世間遺産博覧会in天神イムズ


1月26日(土)、27(日)10:00~20:00、天神イムズ地下2階広場、イムズプラザにて開催します




世間遺産って、いったい何さ
とおっしゃる方は、こちらを見るが早いです↓
カテゴリ「松浦市 世間遺産」


「世間遺産放浪記」著者で写真家、藤田洋三さんによる松浦大解剖トークショー
世間遺産的視点で、松浦を解剖されます。
両日とも14時からです

他にも・・・
「ひゃーし、天神に現る!」
まつうら世間遺産「福岡目線賞」決定
松浦のおまつり・奇祭
田舎ぐらし体験
など、一見違うものに見えますが、実は根っこでつながっている、ちょっと濃いめの松浦をご紹介します。


松浦市HP http://bit.ly/10lIkw2
松之介ツーリスト http://bit.ly/UgJGsC



この日は、福岡大丸エルガーラパサージュ広場で、松浦観光物産展in福岡~松浦水軍の宝箱~も開催します
(詳細→ http://bit.ly/10C79J3

まつうら世間遺産博覧会in天神イムズ
松浦市アンテナショップ「鷹ふぐバル松浦」
松浦観光物産展in福岡~松浦水軍の宝箱~

天神3ヶ所に松浦現る

1/26、27、天神にお越しの際は、松浦を覗きにぶらりと遊びにいらしてくださいね

Posted by 松浦市福岡事務所   0 comments   0 trackback

松浦は、知る人ぞ知る、 「世間遺産」の宝庫です!

松浦市には、「世間遺産」という、暮らしと風土が生んだ庶民の遺産がたくさんあることが、ここ数年の調べで判明しました(私の調べによります)。

松浦市の世間遺産は以下に紹介しています。
当ブログのカテゴリー : 松浦の世間遺産
下までずっと見てみてくださいね!


そしてついに
松浦市の世間遺産が、本「世間遺産放浪記 俗世間篇」で紹介されました
「世間遺産放浪記」「世間遺産放浪記 俗世間篇」は、写真家で著者の藤田洋三氏が長年撮りためてこられた建築、道具、お祭り、人、手技の美などの写真がいっぱいつまった書籍です。

書評等、詳しくはこちらをご覧ください。
世間遺産放浪記
続編、「世間遺産放浪記 俗世間篇


松浦市の世間遺産が書籍となり後世に残るんですね本当にうれしいことです。
世間遺産放浪記 俗世間篇



松浦市の世間遺産、いったい何が紹介されたのか・・・それは見てのお楽しみです




「世間遺産」、視点を変えれば、価値観をちょっとひねれば見えてくるはずです。
ほんなもん体験、世間遺産、そこに暮らす方たちがずっと伝え続けているもの…
それぞれの地域にあるもの、そのまちらしさ  に価値を見出すことが、今、求められている気がしてなりません。




Posted by 松浦市福岡事務所   0 comments   0 trackback

松浦市の「世間遺産」をお披露目しました!

先日、当ブログにてご案内しました「福博世間遺産ワークショップ」(“アートをたずねる月”HP 世間遺産関連イベント告知はこちらから→http://sekenisan.fukuoka-artwalk.com/)。

(おそらく)本邦初松浦市の世間遺産を発表いたしました。

今回は、ワークショップの様子と、発表した松浦市の世間遺産の一部をご紹介いたします。


まずは、「世間遺産の探し方」スライドレクチャーの模様から。
こちらは写真家、藤田洋三氏。
藤田洋三氏
「世間遺産放浪記」の著者です。
出会った世間遺産にカメラを向け続け、その移動距離、地球約3周分。単に写真を撮るのではなく、その対象物(世間遺産)について詳しく調べていらっしゃいます。これは一朝一夕で成せることではありません。
「あなたがそう思ったものが世間遺産です!」とのことでした。


次は、九州大学大学院教授、路上観察学会創設初期メンバー、藤原恵洋氏です。
藤原恵洋氏
基調講演「足思手考・建築探偵・路上観察・世間再生」。
世間遺産の学問的位置づけや、路上観察のおもしろみなどについてお話されました。
世間遺産発掘はただ写真を撮るだけではなく、対象物についての観察、洞察が必要である、とのことでした。



そして、シンポジウム 「各地域での世間遺産の発掘活動」。

こちらは、東川隆太郎氏。鹿児島県で世間遺産発掘活動をされています。
東川隆太郎氏

東川さんは、「人間僕宝(地域の知恵や文化を支え伝えている素晴らしい方々。)」「僕立公園(地域の歴史や人々の思いが反映されたすばらしい景色。)」という言葉を作り出す、とてもユニークな方です。
プレゼンの間笑いが絶えず、藤田氏からは「鹿児島の明石家さんま」と呼ばれていらっしゃいました。

そしていよいよ、松浦市の世間遺産の発表でした!(発表内容はこの記事の最後にご紹介します)

最後に、藤田氏のコメントと藤原先生から締めの言葉にて閉会となりました。
閉会のあいさつ


“世間遺産”現在のところ、はっきりとした定義があるわけではありません。
ただ、「地域の宝は自分たちで決める」という主観で、自分たちの地域にあるものの価値を見つめなおすという作業は、松浦市にとっても非常に重要なことだと感じました。
「ないものねだり」ではなく「あるもの探し」。
新しいものを評価するだけでなく、昔からあるものの価値を見なおす。
それは、松浦市が力を入れているほんなもん体験にも通じるものがあると思います。





それでは、今回発表した松浦市の世間遺産の中から、いくつかをご紹介いたします。


パン缶
こちらは、松浦魚市場の一角に高く積み上げられた「パン缶」です。
パン缶は金属製のトレイで、主に養殖魚のえさとなる魚を入れるのに使われており、トレイごと魚を冷凍させます。近くの作業場では、凍らせた魚をトレイから外す作業が行われており、大きな音の中の力強い作業、とても迫力がありました。
この写真の光景は、もうすぐ見ることができなくなります。
平成23年度をもって、プラスチック製の“クリーンボックス”に替わるからです。
使われなくなるパン缶はどうなるのでしょうか。ちょっと気になるところです。




ひゃーし(林叢)
次に、知る人ぞ知る松浦ならではの高生垣、「ひゃーし(林叢)」です。
ひゃーしはマキやツバキでできており、高さは2~4m、厚みが1mあり、家を囲むように、もしくは道路との境界に作られています。
松浦市全体で52カ所にありますが、市の西側の御厨町に特に多く見られます。
こちらの写真は入口がアーチ状になっていますが、切り欠いたもの、トンネルのようになっているものなど、いろんな形があります。
防風、防潮、外からの目隠し、自然の空調設備、美しい景観形成に役立っています。
空調設備などがなかった時代、地域に自生している植物で、住まいをよくするための工夫をされていたのでしょうね。
松浦市内の「ひゃーしマップ」はこちらから→http://blog-imgs-42.fc2.com/m/a/t/matsuurafukuoka/20100811152611068.jpg

「マキの木の防風林は千葉とか伊勢志摩とか全国あちこちにありますよ」と藤原先生がおっしゃっていました。
それらが、ひゃーしと同じような性質・役割(高生垣で家の周りを囲み、景観形成に一役買っているもの)であれば、離れた地域同士でひゃーし同盟(?)を組んで、ひゃーし振興ができるかもしれませんね。




カトリック西木場教会
こちらは、御厨町にあるカトリック西木場教会です。
昭和24年に建てられた木造の教会で、おとなり平戸市田平町の大工さんが棟梁となり、西木場小教区の信者たちの手によって建てられました。
教会に使われている木材は信者の寄付によるものだそうです。
自分たちの祈りの場を、自分たちが提供した木材で、自分たちの手によって建てたのですね。

この西木場教会、一目見てとても印象に残りました。
教会は西洋風の建物なのですが、周りを囲む植栽は、マキ、お茶、サツキ、ツツジなど地元の植物で、洋と和が混ざり合った風景です。
植栽は信者の皆さんが植えて、お手入れされているとのことですので、教会は西洋風、囲む植栽は地元のもの、となったのでしょう。
この地域の歴史や文化を感じさせます。




寺上の六地蔵
こちらは今福町寺上免にある六地蔵です。

六地蔵は、松浦市だけでなく他の地域にもあり、次の種類に分けられます(「九州六地蔵考」参照)。
九州六地蔵考から

このタイプ(石幢の側面に六体彫ってある)は佐賀発祥、松浦市内には約50体現存していて、その多くは室町後期~天正年間に造られているそうです。
松浦市の六地蔵の中には、長崎県指定有形民俗文化財に登録されているものもあります(庄野の六地蔵)。
他にも、高野の六地蔵松山田の六地蔵大山の六地蔵などもあります。
特に鷹島では、六地蔵に赤土を塗りつけてお祈りすると子どもの病気が治ると伝えられており、今でも一部地域でその風習が続いているそうです。

この六地蔵は、今宮神社の少し下、田んぼと道路の境目辺りにひっそりと佇んでいます。


奥に見える鳥居が、今宮神社の小さな鳥居です。
今宮神社には、松浦党党祖、源久(みなもとのひさし)公が祀られています。




御厨町川内の木炭窯
こちらは、御厨町川内にある木炭窯と、10年間ここで木炭を作り続けていらっしゃるご夫妻です。
ご夫妻がこの小さな窯の中に入って木炭の原料となるまての木を奥から並べ、入り口側に火をくべます。
2日間燃やし続け、白い煙が細く青い煙になったところで、入り口を、写真のように鉄板と土で塞ぎます。
22日後、窯を開けると・・・良質な、良く燃える木炭のできあがり

となればよいのですが、「必ず毎回全部よかと(良質な木炭)のできるわけじゃなかとですよ」とおっしゃっていました。
とても手間がかかる作業を厭わず、昔からの製法で木炭を作り続けるご夫妻。
窯だけでなくご夫妻も地域の宝です(東川さんがおっしゃるところの「人間僕宝」だと思います)。

いつかこの窯で作られた木炭でバーベキューをしてみたい、そんな夢が膨らみます




今回は、15点ほどの松浦市の世間遺産を発表しました。
しかし周りには、まだまだ見つけていないたくさんの世間遺産があるはずです。

皆さんも、ふるさとや今暮らしているまち、旅先でカメラ片手にぶらりまち歩きをしてみませんか?
「世間遺産」は意外なところにあるかもしれません。




【関連記事】
2010.07.15 “松浦らしさ” を探してぶらり旅 ①
2010.07.29 “松浦らしさ” を探してぶらり旅 ②
2010.08.11 “松浦らしさ” を探してぶらり旅 ③
2010.08.03 松浦市の「世間遺産」を発表します!




より大きな地図で 松浦市みどころ を表示






上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。